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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)67号 判決 1989年2月23日

原告 不二高圧コンクリート株式会社

被告 株式会社関根近次郎商店 外二名

主文

特許庁が昭和五八年審判第一六五七八号事件について昭和六三年三月九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「配線用コンクリート桝」とする別紙第一記載のとおりの構成からなる登録第五七八七六二号意匠(昭和五四年四月一二日登録出願、昭和五七年三月三一日設定登録、以下「本件意匠」という。)の意匠権者であるが、被告らは、昭和五八年七月二六日、原告を被請求人として、本件意匠の登録無効審判を請求し、昭和五八年審判第一六五七八号事件として審理された結果、昭和六三年三月九日、「登録第五七八七六二号意匠の登録を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年三月二六日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件意匠は、昭和五四年四月一二日に意匠登録出願をし(昭和五四年意匠登録願第一四四六五号)、昭和五七年三月三一日に設定の登録がされたものであり、願書の記載及び願書に添付した図面の記載によれば、本件意匠に係る形態は、別紙第一に示すとおりである(意匠に係る物品「配線用コンクリート桝」)。

2  昭和五二年実用新案出願公開第一五一六七三号公報(以下、「引用公報」という。)第一七七頁第2図の記載の意匠(以下、「引用意匠」という。)に係る形態は、別紙第二に示すとおりである(意匠に係る物品「鉄筋コンクリート製マンホール」)。

3  本件意匠と引用意匠(以下、「両意匠」という。)を対比し、その類否について考察する。

まず、両意匠に係る物品は、本件意匠に係る物品が「配線用コンクリート桝」であるのに対して、引用意匠に係る物品は「鉄筋コンクリート製マンホール」であつて、両物品は用途・機能からみて共通する物品と認める。

両意匠に係る形態については、次に示す基本的構成態様において共通しているものと認める。すなわち、全体を有底の縦長四角筒体状とし、その筒体上端に短円筒状開口部を突設した上面板を固着したものとし、筒体枠壁の外面下方に凹陥部を設けたものである。

そして、両意匠は具体的構成態様において、次に示す共通点及び相違点を有しているものである。すなわち、筒体枠壁の外面下方に設けた凹陥部について、ともに横長四角形状としている点、及び上面板の平面について、四隅にボルト頭又はボルト孔を設けている点において共通しているものであり、筒体枠壁について、引用意匠では底部を除き一体に形成した四角筒体としているのに対し、本件意匠では、有底筒体と無底筒体とに二分割して形成し、それを中央で嵌合させて全体の縦長四角筒体を構成している点、及びその筒体の横辺と高さの構成比率について引用意匠の方が本件意匠に比して横辺に対する高さの比がやや大きく、全体にやや細長く形成されている点において相違しているものである。

そこで、前記両意匠に係る物品及び形態の共通点がもたらす共通性と相違性を総合し、両意匠の類否について考察する。

まず、相違性についてみると、筒体枠壁を一体に形成しているか、又は分離して別々に形成しているかの点が第一の差異点と認められる。引用公報の記載によれば、引用意匠は従来品に関する図面として記載されたものであり、本件意匠とは形成方法が異なるものである点は認められるが、本件意匠と引用意匠とを対比した場合のこの点に関する外観上の差異は、筒体枠壁の各面の中央に表された横一本線の有無にすぎないものである。また、当該物品において筒体枠壁を分離形成したものは、本件出願前にもみられることは請求人ら(被告ら)提出の甲号各証によつても認められるところであるから、横一本線の有無は、被請求人(原告)が主張するようにこれによつて両意匠の美感を異にするものではなく、両意匠を各全体として対比観察したときには、この差異は微差と認めるほかないものである。次に、四角筒体の横辺と高さの構成比率の差異については、前記差異が認められるとしても、両意匠を各全体として対比観察したときには、その差異が両意匠のそれぞれの全体の形態の特徴を構成しているものとはいい難く、したがつて、この点が両意匠の類否の判断を左右する点とも認められないから、この点の差異も微差と認める。

これに対し、形態の基本的構成態様及び具体的構成態様の共通性についてみると、前記基本的構成態様は、両意匠の形態全体に共通する視覚的な特徴を表しているものであると同時に、造形的な特徴においても共通しているものであつて、前記具体的構成態様の共通性と相まつて両意匠の類否の判断を左右するものと認める。

してみれば、両意匠は、物品が同一であり、意匠に係る形態全体の特徴を表している基本的構成態様において共通性を有するものと認められるから、両意匠に係る形態には微差が認められるとしても、互いに類似することを免れないものである。

4  以上のとおりであるから、その余の証拠方法について判断するまでもなく、本件意匠は意匠法第三条第一号に規定する意匠に該当し、同法同条の規定に違反して登録されたものであり、その登録は同法第四八条第一項第一号の規定によつて無効とすべきものである。

三  審決の取消事由

審決は、引用意匠の認定、両意匠に係る物品の用途、機能についての認定、及び両意匠の基本的構成態様並びに具体的構成態様についての認定を誤り、その結果両意匠の類否判断を誤つたものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

1  引用意匠の認定の誤り

審決は、引用意匠の形態は、別紙第二に示すとおりである(意匠に係る物品「鉄筋コンクリート製マンホール」)と認定している。

審決のいう引用意匠の形態が何を意味しているか不明であるが、引用意匠は、模様、色彩等を問題にした意匠ではないから、形状の意匠であることは明らかである。

ところで、意匠法にいう意匠の形状はあくまでも現実的に考えなければならないから、形状の意匠である引用意匠は、別紙第二(引用公報の第2図)に記載されている意匠そのもの、すなわち、スラブ5′と本体枠壁3′と底板4′が上、中、下にそれぞれ別れて配置されたもの、つまりこのように分解されたものであつて、これらを一体にしたものではない。

しかるに、審決は、本件意匠との類否判断からみて、引用意匠をスラブ5′と本体枠壁3′と底板4′とを上下方向に一体にしたものと把握しており、その認定は明らかに誤りである。

また、引用意匠に係る物品は、「鉄筋コンクリート製マンホール」の分解されたものであるから、これを「鉄筋コンクリート製マンホール」であるとした審決の認定も誤つている。

2  両意匠に係る物品の用途機能についての認定の誤り

審決は、本件意匠に係る物品は「配線用コンクリート桝」であるのに対し、引用意匠に係る物品は「鉄筋コンクリート製マンホール」であつて、両物品は用途機能からみて共通する物品であると認定している。

しかしながら、引用意匠に係る物品は前記1のとおり「鉄筋コンクリート製マンホール」そのものでなく、「鉄筋コンクリート製マンホール」の分解されたものであるから、本件意匠に係る物品である「配線コンクリート桝」と異なることは明らかである。

仮に、引用意匠に係る物品が「鉄筋コンクリート製マンホール」であるとしても、別紙第二から明らかなように、引用意匠に係る物品はマンホールの埋設現場において別体となつていたスラブ、本体枠壁、底板を組み立てて現場打ちするものであるのに対して、本件意匠に係る物品は工場で全体を製造しているプレハブの「配線用コンクリート桝」であり、これを埋設現場においてコンクリート等を用いて現場打ちするものではない。

したがつて、両意匠は物品の用途機能を異にするものであるから、用途機能からみて共通する物品であるとした審決の認定は誤りである。

3  引用意匠の基本的構成態様の認定の誤り

審決は、両意匠に係る基本的構成態様は全体を有底の縦長四角筒体状とし、その筒体上端に短円筒状開口部を突設した上面板を固着したものとし、筒体枠壁の外面下方に凹陥部を設けたものであると認定している。

しかしながら、引用意匠の形状は前記1のとおりスラブ5′、本体枠壁3′、底板4′の三部材に分解されたものであり、これら三部材を上下に一体にしたものでないから、引用意匠の基本的構成態様を審決のように認定できないことは明らかである。

仮に、引用意匠の形状をスラブ5′、本体枠壁3′、底板4′の三部材を上下に一体にしたものであるとしても、その形状は別紙第三のとおりであつて、別紙第二(引用公報の第二図)に記載されている底板4′の一辺は本体枠壁3′の底部の一辺よりかなり長いため、本体枠壁3′と底板4′とを上下に重ね合わせると、底板4′は本体枠壁3′の底部より広くなる。このことは、別紙第二によれば、底板4′の一辺は、一・六cmであるのに対し、本体枠壁3′の底部の一辺は一・二cmであること、及び底板4′の対角線(底板4′についての水平方向の対角線)と本体枠壁3′の底部の対角線(本体枠壁3′の底部の水平方向の対角線)との比較から明らかである。

したがつて、引用意匠の基本的構成態様は、筒状のもののまわりに底板のでつぱりのついたものであるから、「全体を有底の縦長四角筒体状」としたものではない。

したがつて、審決が「両意匠に係る基本的構成態様は全体を有底の縦長四角筒体状とし」と認定したのは誤りであり、しかも両意匠において全体として筒体状をなしているかそうでない(底板に筒板が乗つている状態)かは、両意匠の基本的構成態様のうち最も重要な要素であるから、この点に差異がある以上、本件意匠を引用意匠に類似の意匠とすることはできない。

4  引用意匠の具体的構成態様の認定の誤り

審決は、引用意匠は「上面板の平面について四隅にボルト頭又はボルト孔を設けている」点で本件意匠と共通していると認定している。

しかしながら、引用意匠の本体枠壁3′の四隅から出ているのは鉄筋コンクリートの鉄筋であり、ボルトを止めるためのナツトのねじではないから、審決の右認定は誤りである。

また、審決は、「引用意匠では底部を除き一体に形成した四角筒体としている」と認定している。

しかしながら、引用意匠は底部だけでなくスラブも別体をなしていることは、別紙第二により明らかであるから、審決の右認定は誤りである。

さらに、審決は、「その筒体の横辺と高さの構成比率」の違いについて認定しているが、そうであれば、本体枠壁3′の下方の凹陥部の形状も筒体横辺と高さの違いと同程度の違いがあるし、引用意匠には蓋がないという違いもあり、審決はこれらの具体的構成態様における両意匠の差異を看過している。

5  両意匠の具体的構成態様の差異についての認定の誤り

審決は、筒体枠壁を一体に形成している(引用意匠)か、分離して別々に形成している(本件意匠)かの差異は、「筒体枠壁の各面の中央に表された横一本線の有無にすぎないものである」と認定している。

しかしながら、審決が「両意匠に係る基本的構成態様は全体を有底の縦長四角筒体状とし、その筒体上端に短円筒状開口部を突設した上面板を固着したもの」と認定していることからみて、審決は両意匠を「筒体状のもの」と「上面板」という別体のものを固着したものととらえており、そうであれば、別体のものを固着したものと、当初から一体であるものとは別の意匠であるから、引用意匠のように筒体枠壁を一体に形成するものと本件意匠のように筒体枠壁の中央で分離されているものとは、意匠の基本的構成態様を異にするものと考えるべきであり、短に横一本線の有無の差異にすぎないものではないから、この点に関する審決の認定は誤りである。

審決は、「当該物品において筒体枠壁を分離形成したものは本件出願前にもみられる」から横一本線の有無は「両意匠の美感を異にするものでなく両意匠を各全体として対比観察したときにはこの差異は微差と認めるほかない」と認定している。

しかしながら、二つの意匠を対比してその差異点が公知であれば、その差異点は微差であるとすることはできない。両意匠の差異点はその部分自体でその違いを判断すべきであつて、一方が公知であるかないかによつてその違いの判断が変動するものではない。公知意匠があることにより非類似の意匠が類似になることはあり得ない。

本件意匠において、筒体部分は単なる長方形という最も単純な形状をなしており、その筒体中央に横一本線の配されることは極めて重要なことであるから、両意匠における横一本線の有無は単なる微差にすぎないとした審決の前記認定は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告らの主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

1  引用意匠の認定について

意匠は、物品の形状、模様もしくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美観を起こさせるものと定義されているから、必ず物品と一体不可分の関係において成立するものということができ、したがつて、物品の働きを踏まえて全体的なまとまりとして把握されなくてはならない。

そして、引用意匠はあくまでも「鉄筋コンクリート製マンホール」についての意匠であるから、原告主張のようにこれをスラブ、本体枠壁、底板といつた構成部分に分解して認定することは妥当でなく、意匠を物品の働きとの関係において把握すべきものとする以上、これらを一体として認定しなければならないことは明らかであつて、この点に関する審決の認定に誤りはない。

2  両意匠に係る物品の用途機能の認定について

引用意匠に係る物品は、前記1のとおり「鉄筋コンクリート製マンホール」であるから、これと前提を異にする原告の主張は理由がない。

また、原告は、引用意匠に係る物品は埋設現場において組み立てるものであり、本件意匠に係る物品は埋設現場に運んでその場に置くだけで機能を果たすものであると主張するが、右は単に物品を運んでから組み立てるか、組み立ててから運ぶかという工程の順序の相違にすぎず、このような相違があるからといつて両物品の用途機能まで異なるものとすることはできない。

なお、通常「現場打ち」とは、現場で型枠を組み生コンクリートを流し込んで形成する場合をいい、引用意匠に係る物品のように、現場で組立てを行うだけの場合を「現場打ち」とはいわない。

3  引用意匠の基本的構成態様の認定について

引用意匠の形状は、前記1のとおりスラブ、本体枠壁、底板を一体としたものとして理解すべきものであり、これと前提を異にする原告の主張には理由がない。

また、原告は、本件意匠においては全体が筒体をなしているが、引用意匠においては底板4′が本件枠壁3′の底部からはみ出しているため、両意匠はその基本的構成態様を異にすると主張する。

しかしながら、意匠は物品の働きとの関連において全体的なまとまりとして把握されるべきものであり、引用意匠において底板が多少はみ出しているとしても、それは物品の働きを認定するについて何ら意味を有するものではないから、両意匠を全体として観察した場合この相違が看者に強い印象を与えるものとは考えられず、これによつて両意匠が基本的構成態様を異にするということはできない。

4  引用意匠の具体的構成態様の認定について

引用意匠の本体枠壁の四隅上部から出ているのは、鉄筋コンクリートの鉄筋ではなく、ナツトで止まるためのボルトのねじ部である。このことは、通常鉄筋はコンクリート製品の内部に埋没されており、外部に突出していることはないこと、及び引用意匠のスラブの四隅の孔の位置と突出物の位置とが対応していることから明らかである。

引用意匠において構造上スラブが別体をなしていることは原告主張のとおりであるが、意匠としては全体として把握すべきことは前述のとおりである。

さらに、両意匠は、筒体の横辺と高さの比率が相違するほか、本体枠壁下方の凹陥部の形状も相違することは、原告主張のとおりである。

しかしながら、右差異点は、内部の配線の量に応じて相違が生じているにすぎず、物品の働きそのものとの関連からみれば微差というほかない。

なお、引用意匠に蓋が省略されていることは認めるが、鉄筋コンクリート製マンホールの意匠として重要な部分は、スラブ・本体枠壁・底板が一体となつたマンホールの本体部分であつて、蓋の有無は重要ではない。

5  両意匠の具体的構成態様の差異の認定について

原告は、審決は、筒体枠壁の構成について別体のものを固着したものと当初から一体であるものとは別の意匠であると考えているのであるから、引用意匠のように筒体枠壁を一体に形成するものと本件意匠のように筒体枠壁の中央で分離されているものとは基本的構成態様を異にしている、と主張する。

しかしながら、引用意匠は「鉄筋コンクリート製マンホール」についての意匠として全体を一体に理解すべきものであるから、別体のものを固着するか当初から一体であるかという形成方法の相違は、意匠の類否判断に影響を及ぼすものではなく、両意匠の相違点は筒体中央における横一本線の有無にすぎないことになるから、この点に関する審決の認定に誤りはない。

原告は、本件意匠において筒体部分は単なる長方形という最も単純な形状をなしており、その筒体中央に横一本線の配されることは極めて重要であり、これをもつて単なる微差ということはできない、と主張する。

しかしながら、意匠間に差異が存する場合であつても、その差異がありふれたものである場合には、特徴あるものとして看者に強い印象を与えることはできないのであるから、その意味で意匠の公知性と類似性とは関連性を有する。そして、当該物品について筒体枠壁を分離形成する技術が公的のものである以上、筒体中央における横一本線の有無はもはやありふれた相違にすぎず、単なる微差というほかない。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  成立に争いのない甲第四号証によれば、引用意匠は、引用公報の第2図(従来品の分解斜視図、別紙第二参照)に記載された意匠であつて、短円筒状開口部を突設したスタブ5′、有底の縦長四角筒体状をなし、その外面下方に凹陥部を設けた本体枠壁3′、及び正四角形状の底板4′より構成されていることが認められる。

原告は、引用意匠は別紙第二に記載されている意匠そのもの、すなわち、スラブ5′と本体枠壁3′と底板4′が上、中、下にそれぞれ別れて配置されたものであり、これを一体にしたものでないのに、審決がこれを上下方向に一体にしたものと把握し、引用意匠に係る物品を「鉄筋コンクリート製マンホール」と認定したのは誤りである旨主張する。

しかしながら、前掲甲第四号証によれば、引用公報は、名称を「完成マンホール」とし、実用新案登録請求の範囲を「内面にタラツプ、外面に管路布設のための加工用薄壁部を設けた角筒状本体枠壁と、下部に底板、上部にスラブ部を各々設け、一体成型にて規格化生産せる鉄筋コンクリート製マンホールの構造」とする実用新案に関する出願公開公報であつて、前記第2図は「従来品の分解斜視図」であると記載されていることが認められる。右認定の事実によれば、引用公報の第2図に記載されたものが、鉄筋コンクリート製マンホールの従来品の分解斜視図であることは明らかである。そしてこの分解斜視図は、斜視図を単に上下方向に三つの部分に分離しているだけのものであるから、ここに図示されているものを、鉄筋コンクリート製マンホール、すなわちスラブ5′、本体枠壁3′、底板4′を上下方向に結合して一体としたものの意匠として把握し、その具体的形状を認識できることは明らかであり、本件において、右第2図が分解図であることは引用意匠をこのようなものとして把握し、本件意匠と対比して類否を判断する妨げとなるものではない。

したがつて、引用意匠をもつて、前記第2図に記載されたスラブ5′、本件枠壁3′、底板4′を上下方向に一体としたものとして把握し、引用意匠に係る物品を「鉄筋コンクリート製マンホール」とした審決の認定に誤りはない。

2  原告は、引用意匠は「鉄筋コンクリート製マンホール」そのものでなく、「鉄筋コンクリート製マンホール」の分解されたものであり、本件意匠に係る物品である「配線用コンクリート桝」とは物品の用途機能を異にする旨主張する。

しかしながら、引用意匠に係る物品は「鉄筋コンクリート製マンホール」であること前記1説示のとおりであつて、原告の右主張はその前提において誤つており、採用することができない。

また、原告は、仮に引用意匠に係る物品が「鉄筋コンクリート製マンホール」であるとしても、引用意匠に係る物品はマンホールの埋設現場において別体となつていた底板、本体枠壁、スラブを組み立てて現場打ちするものであるのに対し、本件意匠に係る物品は工場で全体を製造し、埋設現場に運んでその場に置くだけで機能を果たすものであるから、両意匠は物品の用途機能を異にする旨主張する。

しかしながら、両意匠は物品の形状をもつて意匠とするものであることは別紙第一及び第二から明らかである(本件意匠の構成が別紙第一のとおりであることは当事者間に争いがない。)ところ、形状をもつて意匠とするものの類否判断においては、視覚を通じて認識される物品の形態の外観に係る構成と態様が判断の対象となるのであつて、両意匠とも全体を一体とした前記形態の物品として把握できること前述のとおりである以上、それが現場打ちされるものであるか否かは両意匠の類否判断に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。したがつて、原告の前記主張は理由がない。

3  そこで、両意匠の基本的構成態様について検討すると、前記認定の別紙第二に示されたスラブ5′、本体枠壁3′、底板4′を上下方向で一体にした引用意匠の構成を図示すると、別紙第三のとおりであることが認められる。そして、本件意匠の構成を示すことについて当事者間に争いがない別紙第一に記載の意匠と右引用意匠を対比すると、両意匠に係る基本的構成態様は、本体(引用意匠の本体枠壁3′)を有底の縦長四角筒体状とし、その筒体上端に短円筒状開口部を突設した上面板(引用意匠のスラブ5′)を固着し、筒体枠壁の外面下方に凹陥部を設けた構成において共通しているが、引用意匠は前記本体枠壁3′の下部にこれより幅広の底板4′を設け、右底板4′上に縦長四角筒体状の本体枠壁3′が載置されている構成であるのに対し、本件意匠には、このような底板はなく、全体が縦長四角筒体状をなしている構成である点において相違しているものと認められる。引用意匠が全体を縦長四角筒体状としたものでないことは、前掲甲第四号証によれば、引用公報の第2図に示された本体枠壁3′の底部は一辺がそれぞれ一・二cmであるのに対し、底板4′の一辺はそれぞれ一・六cmであること、本体枠壁3′の底部の一つの頂角と対角線上にある他の頂角間の長さは二・四cmであるのに対し、底板のそれは三cmであること、引用公報の第1図及び第3図から明らかなように、同公報記載の考案においても、本体枠壁は底板上に載置される構成になつていることが認められることから明らかである。

したがつて、両意匠に係る基本的構成態様に関する審決の認定は、両意匠が全体を有底の縦長四角筒体状とした点において共通しているとの認定において誤つているというべきである。

また、同様に両意匠の具体的構成態様を対比すると、両意匠は、審決認定の(1) 筒体の形成方法の相違に伴う外観上の差異、(2) 筒体の横辺と高さの構成比率(別紙第一中の斜視図と別紙第二の斜視図により対比すると、その比率は本件意匠が約一対一・四であるのに対し、引用意匠は約一対二・八であることが認められる。)において相違するのみならず、(3) 本件意匠には短円筒状開口部に蓋があるのに対し、引用意匠には蓋がないことで相違し、かつ審決が共通としている点においても、(4) 筒体枠壁の外面下方に設けた凹陥部は横長四角状であるが、その横辺と縦辺の長さの比において、本件意匠は約四・五対一であるのに対し、前記斜視図によると引用意匠は約一・五対一であること、(5) 本件意匠は上面板の平面について四隅にボルト頭又はボルト孔を設けているのに対し、引用意匠はスラブの平面について鉄筋と鉄筋挿入用の孔を設けているが、右鉄筋の上端にボルト、ナツトを装着するかどうか明らかでないこと、において相違していることが明らかである。

したがつて、両意匠に係る具体的構成態様に関する審決の認定は、右(3)ないし(5)の相違点を看過した点において誤つているというべきである。

そして、両意匠に係る物品及びその用途等からみて、両意匠の基本的構成態様と具体的構成態様のうち、物品の正面、側面及び平面に顕著に表れる部分が看者の最も注意を引く意匠の要部というべきであつて、その場合、本件意匠は、全体が有底の縦長四角筒体状をなし、その筒体上端に短円筒状開口部を突設した上面板を固着し、筒体外面下方に凹陥部を設け、かつ筒体の横辺と高さの比の差が一対一・四と小さいため、看者に全体としてずんぐりとした重量感のある印象を与えるのに対し、引用意匠は、本体枠壁3′が有底の縦長四角筒体状をなし、その筒体上端に短円筒状開口部を突設したスラブ5′を固着し、筒体外面下方に凹陥部を設け、さらに前記本体枠壁3′の下部に本体より幅広の底板4′を設け、底板上に本体を載置するように構成されており、かつ筒体の横辺と長さの比の差が一対二・八と大きいため、看者に全体としてスマートな印象を与えるものである。

審決は、筒体の横辺と長さの比の差について、微差にすぎないとしているが、この点は両意匠の正面及び側面に顕著に表れる部分であり、前記認定の基本的構成態様と共に両意匠の要部をなすものというべきであるから、この点をもつて単なる微差とすることはできない。

したがつて、両意匠は看者にそれぞれ異なつた美感を起こさせるものであるから、両意匠の具体的構成態様における前記認定のその余の相違点について検討するまでもなく、本件意匠は引用意匠に類似しない意匠というべきである。

4  以上のとおりであつて、審決は、引用意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様についての認定を誤り、その結果両意匠の類否判断に当たり、本件意匠は引用意匠に類似する意匠であると誤つて判断したものであり、違法であるから、取消しを免れない。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井俊彦 竹田稔 春日民雄)

別紙第一 本件登録意匠

意匠に係る物品 配線用コンクリート桝

説明      背面図は正面図と、右側面図は左側面図と同一にあらわれる。

別紙第二 甲号意匠

意匠に係る物品 鉄筋コンクリート製マンホール

説明      第2図は、従来品の分解斜視図である。

3′……本体枠壁、4′……底板、5′……スラブ

第2図

別紙第三

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